ゆとりーなの日記

日記的な事を書いて行くと思はれる

そろそろRuby信者に対して一言言わせてもらおうか

今日もお昼時のご飯の時間に戻りビッ値氏との絡みでいつもの通称「C++はクソ、Rubyゴミ言語論争」が当然の様に勃発しました。Cプラーの私はRubyはゴミ言語と言い、生粋のRuby信者はC++はクソ言語と言うという、半ば大学の一部の界隈では恒例のdisり合う光景となってしまった感があるこの論争ですが、実際の論争中は私の頭の仕様上割とかなり熱くなってしまうので少し熱を冷ましてこの日記上で論点を整理しようと思います。

私の主張

  • C++windows上でゲームを作る上では何だかんだ言って最善の選択。
  • C++が目的になっている。いい部分もクソい部分もあるが、それを全部含めて純粋に面白い言語だと思っているのでメインでやっている。
  • それゆえネタ布教を除いては、一部のC++を本気でやりたそうな人以外には何だかんだ言って薦めない。
  • Rubyは僕のプログラム目的の原点がwindows上でのゲーム製作なので余り使うことがない。
  • 因ってさほど眼中にないし深くは知らないので、ネット上及び他の場所(戻りビッ値氏との絡み以外)では殆どdisったことはない。
  • 戻りビッ値氏のRuby信仰は行き過ぎている。

戻りビッ値氏の主張

  • 彼はC++を使うこともあり、ゆえにC++のクソな部分を知った上でdisっている。
  • C++はやむをえず使っている言語でありゆえにツールである。
  • それに比べてRubyは全てオブジェクトと言うオブジェクト指向(至高)を極めた神言語である。
  • Rubyには特に目立って悪い点は見つからない。ゆえに神言語である。
  • 隅須(私)はRubyをロクに触りもせずにただdisってきてC++を崇めるゴミ野郎である。

総括

私と戻りビッ値氏の主張を纏めると多分こんな感じなんだと思います。私としては、戻りビッ値氏のC++disりの部分はCプラーであるが故に聞いていていい気はしませんが、別にさほど的外れな指摘でないことも多いので割と非難するつもりはないのですが、私が一番気になるのは彼のRuby至上主義的なサムシングの部分です。
私もC++至上主義に近いところもありますが、C++のクソいところとも今迄散々付き合ってきましたし、そこらへんをそれなりに認識しているつもりなので、クソな部分はちゃんと言うし、全てのプログラミングをやってみようかなって人に対してC++を薦めることもありません。全然C++でやるのに適してない分野をやろうとしている人に対してはそれに適した言語の紹介をします。これに関しては戻りビッ値氏も同様なのですが、彼の手に負えないところは、Rubyは至高の言語なので悪いところなどないと言い切るところです。「RubyをdisるならRubyの悪いところを挙げてみろ」と言ってきます。これについては確かに正論です。しかし私は当然Rubyについて殆ど触ったことがないので挙げることはできません。そこで彼は得意げに「ほら、挙げられないならはじめからRubyをdisるんじゃないよ。あんさんは感情的に悪口言ってるだけ」と言うわけです。その通りです。
ここまでだと彼の大勝利で終わってしまうのでここで反転攻勢に出ることにします。彼は「感情的にRubyをdisってるだけのゴミ野郎」と私を位置付けている様ですが、まあ確かに私はRubyを感情的にdisってます。しかしRubyのことを知らなくて悪い点を挙げられないのは、ただ単に、私のプログラミングの主目的に対してRubyが全然適していないので全く関わる必要がなかったからです。だから私は実際のところRubyという言語に対してそこまで悪い印象は持っていませんし、というより関心がありません。だったらなんでdisるんだという話になるわけですが、それは簡単で、彼のRuby至上主義が余りにも偏り過ぎていて手に負えないからです。「何かにつけてRubyは至高。Rubyならこんなに美しく書ける。」を連呼してきますし、「Rubyは神言語なので悪い点は全くない。それに比べてC++は・・・ゴミ!」と毎日のように言うわけですから、それはそれはdisりたくなります。だから私のRubydisりはRubyという言語をdisっているというよりはRuby至上主義者である戻りビッ値氏をdisっているといった方が正確なのですね。これでは議論は平行線になる筈です。
まあ私が「しーぷらーしーぷらー」と学校で定期ポストしているのも周りから見たら相当うっとおしいのかもしれませんが・・・。